つぶやくdorotanuki

小さい穴から見える外界の様、過ぎる時代への雑感をつぶやく

2021年1月:令和三年 後半

与謝蕪村は、清朝渡来の芥子園(カイシエン)画伝等を教本とし絵画の修行を行っていたようです。芭蕉奥の細道をなぞるような奥羽、東北への旅は句作のためではなく絵画の修行だったのでは、と森本さんは書きます。同時代の大和絵には池大雅もいて、1771年蕪村と池大雅が「十便十宜図」という十枚の絵と書の連作を作成しています。絵のテーマは清朝文人、李漁の漢詩、自然の中で暮らす事で得られる十の便ベン(便利なこと)十の宜ギ(良いこと)を表現。自然と調和し暮らす、現代にも通じる世界観を表現したのかも知れません。

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1月16日(土) ネットで蕪村と池大雅の絵を見比べてみました。この競作に対する評価の多くは、天才肌の池大雅の方が、伸びやかな筆致や飄逸な味わいが独特だとして高評価のようです。私は、何枚かは分かり易さと彩色の綺麗さで蕪村の方が好きです。どちらにしても、蕪村が俳句と絵画に独特の世界を築いたのは、とても凄い事です。この絵は今、国宝に指定され川端記念館に所蔵されているとの事。私の絵は埃をかぶり家の中にあります。

※2004年中越地震の新聞写真から、地割れの断面に地の神が見え色鉛筆で描いた下絵。

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木枯らしに戯言を吐く泥狸 

雪舟や蕪村の水墨画はあまり興味が無く見ることは有りませんでした。油絵と比べると水墨画はよりイラストに近い感じがし、人物や家々の描写は子供の絵のように見えます。でも洋画の印象派画家など日本の絵に影響を受けた人は沢山います。写実からは遠い浮世絵も洋画家には新鮮だったのですね。写実的な絵を描きたいと願う自分の絵は、必ず漫画の様になっていきます。決して下手なのでは無く、きっと日本人のDNA のせいです、多分・・

※地の神、油絵にしてみた。元の写真では、ぶら下がったガードレールが印象的だった。

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短日やガジュマルの根にキジムナア(人の側で暮らす妖怪、怒らせたら怖いよ、ガースー!)

(写)沖縄のガジュマルの古木、根っこが絡み合った向こうにキジムナーがいるかも知れない。

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1月17日(日) 小春日や今年の干支も一休み

由布島の水牛ものんびり座って反芻しているのか口を動かしていた。

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友達からダイアナ・クラールを勧められ聞いている。JAZZの世界が広がっていた。JAZZも好きだけど、知り合いにとても好きで詳しい人達がいて、知ったかぶりは即バレるので演歌やポップスが良いと言い続けている。でも本当は小学校で習った唱歌も大好きです。今や満足な声は出ないので、朧月夜やミカンの花さく丘などは一人の時ボソボソ歌います。一寸前に中島美嘉の朧月夜を聞いて、そのまんまじゃないか?と思っていたら追加の「祈り」の部分も結構良かったので、新たにリストに付け加えました。

(写)由布島の水牛の碑

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もし、過去に戻れたら歌ってみたいのが合唱曲、花の街、団伊久磨氏の曲だと思います。中学生の時、合唱コンクールの課題曲とかで、選抜された同級生達が放課後に練習していました。曲の中の「風のリボン~輪になってかけていったよ」の声が夕方の校舎に響いて、すごく良い雰囲気で、そこに自分が入れなかった切なさを、急に思い出したりします。改めてこの曲の成り立ちを確認、本来は終戦直後の廃墟で夢見た花の街だと知りました。

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言葉消ゆ二十一世紀かじかむ手(コロナだけで無く全ての変化が急加速)

唱歌が好きなのは歌詞が伝統的な言葉で書かれ、イメージを広げやすかったからです。でも時代の変化は急激で、唱歌の世界はほぼ消え去っています。例えば鯉のぼりの歌詞「イラカの波」瓦屋根の波の中を鯉のぼりが風にそよぐ、高層ビル街ではあり得ない景色だし、炭火を使う囲炉裏端も無く、大家族での暮らしも減った。今は21世紀で、空飛ぶタクシーが出てきたら、鯉のぼりは引っかかってしまう。使わない言葉と古い歌は消える運命ですね。

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1月18日(月)八重山の青き冬見し御神埼(オガンサキ)石垣島、御神埼灯台から見た海。

JAZZは就職後、会社のバンドに加わりトライした。オーソドックスなバンドだが他の人はアドリブも普通にこなし、ついて行けずに焦ったのを思い出す。トワイライトタイムを2本のサックスで一緒に吹いた時は気持ち良かったが、仕事の移動もあり続かなかった。で、その反動でオーディオ機器を揃えJAZZのレコードを買い狭い四畳半で聴いていた。

石垣の青い海はそんな、苦くて懐かしい記憶を思い起こさせる色だった。

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1月19日(火)二十歳冬 駅の迷路や秋葉原(初めてレコードを買いに行き、駅で迷った。)

最初に買ったレコードは何故かジリオラチンクエッティという当時のイタリアの歌手、ジャケットを見て衝動買いだった。思いだしたついでに聞き直したが、買ったときのドキドキ感はもう帰ってこない。LPレコードをターンテーブルにのせ針を落とす、この作業は繁雑だが、スマホのワンタッチで聞ける音とは何かが違うと思いたい。

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JAZZ仲間で今、デジタルアンプが盛り上がっている。メンバーの中には羨ましくなるような高性能オーディオ機材で豊かな音を堪能して居る人がいるが、その人が安い中華アンプと言われる海外のアンプを紹介してくれた。自分も興味津々だが、まだ動く元の機材をどうするか、思えば長らく側にある、最近ほぼ使わない物もあるが、捨てるのは気が引ける。付喪神(物に憑いている神、妖怪)が怒らないかも心配だ。でも九十九年までは経たないか!

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1月20日(水)遠き日の消え去りし夢思う冬(寒い日ほど、空は青い)

音楽でも自分はセンスが無い落ちこぼれかな、と思った最初は高校のブラスバンド

皆で好きな小曲を選び編曲し演奏にチャレンジしたが、自分が四苦八苦して並べたオタマジャクシは最初の音で不協和音を奏で、即中止。恥ずかしかった。でも音楽を聞くことは好きだし、サックスもやっていて楽しかった。音楽センスは無いが音楽ファンにはなれると思う。JAZZも難しい事は苦手で、どんな曲でも開放感があり心地良くなる曲が好きです。

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1月21日(木) アメリカや十年越しの春兆しアラブの春から10年、世界は良くなるか)

アメリカの新しい大統領が動き出します。トランプ氏が持ち込んだ分断、SNSで直接政治を動かす手法、ジャーナリズムの衰退、日本も似たような動きが顕在化している。10年位前のアラブの春は民衆がSNS民主化を勝ち取ったが、今は国がSNSも管理しているとか。米国の政治は、分断Dividedのままか団結Unityが始まるのか?世界が注目します。

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1月22日(金)横須賀の黒サブマリン冬ドック(ドライドックは、艦船の修理用と説明有り)

急に思い立ち、横須賀へ行く。久しぶりのJR、横須賀駅を出てすぐの公園から見えたのは、イエローサブマリンでは無く黒かった。自衛隊の潜水艦だろうか、潜望デッキの上に整備する人も見えた。米軍の基地もあり日常と非日常が混じるような不思議な街。沖縄の米軍基地を連想した、バイデンさんに辺野古の基地建設を止めて欲しいな。カレーの缶詰を探そう。

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コロナ風ドブ板通り冬模様(横須賀の商店街は、やはり人出が少なく寂れた感じ)

商店街に横須賀カレーを探しに行ったが、教えて貰った店はシャッターが閉まり、違うところで見つけた。その店の人は、やはり商売あがったりの状態で困っていると話していた。今は感染を治めることが大事だと思うが、商売をする人達には毎日が戦いだ。厳しい現実を実際に目で見て声を聞くと、つい頑張って下さい!という声が出ていた。

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1月23日(土)味噌種丸く 投げ込みて冬爆破(味噌を丸め樽に投げ込み、空気を抜く。)

今年の味噌作りは助っ人がいて、大豆を潰す工程は楽だった。季語は味噌搗ミソツキらしいが、今、臼の大豆を杵で搗くというのは現実に見た事が無い、で味噌作りも季語になる様だ。蒸かした大豆を潰し、手で丸め勢いよく樽に投げ込む、バシッ!と潰れ、小気味良い。

(写)ガジュマルの渚、水際を撮ったが、見直すと小石だけだと思った中に小魚。

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(写) ガジュマルの砂浜、ベニシオマネキの赤色は黒い顔と相まって戦士のよう、左は雌

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1月24日(日)金柑に潜るヒヨドリ冬を越し

通り道の金柑の実、やけに落ちていると思ったら、枝の中にヒヨドリが入り込んでいた。冬場、小さな金柑も野鳥の喉を潤しているのかも知れない。ヒトも哺乳類の頃は自然環境の中に組み込まれた生活をしていたのだろうが、今やコンクリートやプラスチック等の人工物が1兆トンを越したとの新聞記事、森林や植物などの自然由来物より人工物が多い現実!今も増加中!! 人工物に囲まれた都会の息苦しさは、気のせいだけでは無いのかも。

西表島マングローブ群生林、ボートで行くツアーがありました。残って欲しい自然です。

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(写)由布島の犬は、島の風景に溶け込み物思いに耽っているよう。

初場所の終わりひとときいつもの日(大栄翔の初優勝、初場所6年連続で初優勝者だとか)

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1月25日(月)金管の肌冷くて息白し

子供の時、身近に音楽は無かった。自然の中にいたので、風や川の水音、野鳥の声が自然に聞こえていたと思いたい。唱歌は小学校で覚え普通に好きになり、ブラスバンドを始めてクラッシック音楽の良さにも触れた。入部する時、ホルンを吹いてみたらと言われたが、殆ど音が出せず、それじゃあと言うことでアルトサックスを吹いたら音が出た。

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それでサックスを始めたが、とにかく酷い音しか出せず、ある時期家に持ち帰りロングトーンの練習をした。お腹に力を込めて長く一定の音を出す。頑張っていたら、隣のオジサンが大慌てで走って帰って来る。そして、サックスを吹く私に「お前か!牛の具合が悪いのかと思ったぞ!」と怒鳴った。ちなみに隣の牛には、小さいとき追いかけられた思い出が有り、ふざけてけしかけたのはこの叔父さんだ。でも普段は優しいお隣さんだった。

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1月26日(火) 八重山を冬波蹴たて結ぶ船(島々をつなぐフェリー、まるでバスのよう)

クラッシック音楽は、長い曲が多いのでゆったり、時間が有るときには良いが、何かやっている時は中々聞き続けられない。元々、貴族階級の音楽だと揶揄されたことが有ったが、ショパンのピアノ小曲やビバルディの四季など細切れに楽しめる曲も有る。ただ、四畳半でショパンノクターンを聴いていると、終わった後の静けさに落ち込んだりした。それに音量が大きくないとピアニッシモの良さが半減するので、周りに迷惑をかけてしまう。やっぱり、色々と贅沢な音楽なのかも知れない。

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チャイコフスキー序曲1812年ブラバン最後の演奏曲、とても難しかったがそれなりに出来た時は、達成感があった。皆で演奏していると全ての音が揃う感覚の時が希にあり、なんとも言えない高揚感に包まれた。フィガロの結婚も、指使いが上手くいくと心地よかった曲。

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1月27日(水) 冬の赤琉球ツバメ赤瓦(バス停の屋根に胸元が赤褐色の琉球ツバメ)

晩年の蕪村は中国の桃源郷に影響を受けていたのでは、と森本氏。戦乱の中国にあって苦しさから逃れたいという願望から生れた桃源郷。実は皆の心の中にあると言う桃源郷への想いが蕪村の句には感じられるとも。現実の苦しさ、恐怖から何とか逃れたいという思い、今なら新型コロナウイルスによって多くの人が心の底に描く望みかも知れない。蕪村の句では、華やかさと侘しさが対比されている。

鴛に美をつくしてや冬木立(蕪村)オシドリの華麗な色と冬枯れの対比)

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住吉の雪にぬかづく遊女かな(蕪村)(雪のモノトーンと深く祈る遊女の艶やかな色香)

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1月28日(木) 指先のかすかにぬくし寒の梅(ふと見ると、ほころびかけた赤い梅の花

与謝蕪村の出自は明確には分かっていません。松尾芭蕉は元武士、小林一茶は百姓の出身。多分、蕪村は裕福な百姓の出だったが飢饉や時代の変化で家が没落したのか、名が知れた後でも苦しい生活を送ったようです。その割に遊郭で遊んでもいますけど。それと、蕪村の生きた時代には、享保天保の飢饉が発生、社会構造も商品経済の発展で大きく変化し、まるで現代のように貧富の差が拡大、武士階級も飲み込む変化が起きた時代のようです。

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元武士の芭蕉が持つ一徹な、ある意味冷徹な姿勢と比べると、芭蕉を尊敬しながらも蕪村には、苦しい生活の経験からか、弱者への温かみがあると森本さんは書いています。

羽織着て綱もきく夜や河ちどり(蕪村)綱は芸妓の名、冬の夜一緒に千鳥の声を聞く。

一つ屋に遊女も寝たり萩と月(芭蕉貧しい遊女への同情は有るが、突き放す感もある。言われればそうか、と言うくらいしか理解できませんが、ニュアンスの違いは感じます。

※この日は冷たい雨、雨が描いた絵の具てんこ盛りの油彩モドキ。

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1月29日(金) サァファーと行き交う朝や雪の富士(サーファー越しの富士、雪が増えた)

百姓という言葉は差別用語と聞いて少し違和感を覚えました。百姓の「姓」は仕事を意味し、百の仕事をこなし、百の作物を作れる人、と言う意味でもあると思っています。今回のコロナ禍で、従来の集約型の働き方が見直されています、分散の一環でお百姓の仕事が注目されていけば、環境保全も含め良いことでは無いかなと思います。これからの働き方を考える契機にコロナがなっているのかも知れません。兼業農家はその先駆ですね。

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1月30日(土)

短日にピザ屋バイトのポスティング(ピザ配送のチラシを入れていく人、コロナで大変?)

倒産が900件以上(TVニュース)実数はもっと多いのだろう。愚痴でしかないが、政治に私達を救う気持ちがあればもう少し違う結果になっただろうに。昼間、バイクに乗ってチラシを入れていく店員さんの後姿に複雑な思い。紙屑を入れて!とは思わぬ様にしよう。

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息詰まる在庫無き冬オキシメーター(普段、買うことは絶対に考えない商品なのに)

少し気になり念のためにパルスオキシメーターを注文することにしたのが、1月15日だったが、何と配送予定が2月6日、遅いので確認したらどうやら海を越えてやって来る様子。多くの人がテレビのニュースなどで不安を高め、皆が注文したり自治体が貸し出したりと需要が急拡大したからだろう。あっても解決策ではない、不安に駆られたと言う事か。

1月31日(日) Dark Waltz:ダークワルツいざなう声と冬に溶け

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好きな曲を一曲検索すると、勝手に似た曲を流す音楽サービス、その中の一曲が気になった。タイトルがDark Waltz、綺麗な声にひかれたが詩の意味が分からない。気になり翻訳を検索したが、まだ腑に落ちない。「満月の下で踊りましょう、光に包まれて、この光の中へ」自己流の解釈でこんなイメージを描く。声を聞いていると不思議と落ち着くので気に入ったが、他の訳詞の中には「黄泉へのダンス」という死を連想させる解釈もあった。

遠き冬島んちゅ送る波止の朝(2012年:島ツアーの見送り、島は今はコロナで大変)

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1月が終われば2月が来る、月日はまた繰り返しますが、何かが確実に変わって行きます。暮らしやすい世界がやって来る事を願いたいですが、感染症の世界的流行がどう終息するのか見続けて行く事になりそうです。身近な波にのまれないように注意しましょう。

※電車に乗るときは透き通れたら、感染防止が出来るかも知れません。

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